環境馬鹿が世界を滅ぼす

 歴史上何度も繰り返されてる環境馬鹿活動家による害悪が彼らとそれに群がる輩の創出(流行とも)しつつあるエコシステムにぶら下がりたい団体(企業、国家含む)でその手の(自称)意識高い系の方々は盛り上がっているらしい(例:セクシー大臣、意識は高いが理科が分からないド文系ちゃん)。最近はカーボンニュートラルとかいう化学の専門家からすると「はぁ?」と言いたくなる(が飯の食上げになるので本音は言えない)珍妙な言い回しが散見されるが小中学校の理科でTCAサイクルぐらい習わなかったのだろうか。例によって(ド文系の巣窟たる)メディア様も煽っておられるようだが最近目に余るのが「電気馬鹿」の跋扈であろう。私は電子工学で30年以上飯を食って来た立場なので電動・電気仕掛けは肯定的に捉える方だが技術的完成度・安全性を無視して「カーボンニュートラルの為にはEVしか無い!」とか扇動するEU勢(フォルクスワーゲンの燃費不正工作を誤魔化すかの如く)が支那製の安い電池で消えないEV火災が散見されている様である↓

xtech.nikkei.com

 これは私見だがEVのあの高エネルギー密度の塊のリチウム電池があれだけ密集して大量搭載されていて自然発火なり衝突で発火したら電気火災の中でも質の悪いバッテリ火災の高密度版になるのだからEV自慢している意識高い系の方はどこぞの爆発スマホの数百倍の破壊力を持つ機械に公道や日常接する未来になる事を心しておいた方が良い。

 そういう逆風の中でトヨタの社長さんが公言されているのは業界経営者だけでなく業界専門家の提言として傾聴すべきなのにセクシー大臣は財務省落ちこぼれの次官に洗脳された「理念」で業界トップをねじ伏せる気満々でありメディア様もそれを観るオバちゃん達も理念とかいう虚報に毎度の如く騙されてしまうのだろう(溜息)。

 非現実的なエネルギー政策と環境馬鹿は理科が分からない人達という点で強い相関が見られるようで少しでも理科なり理屈が分かる人ならば電池車を侍らせるには充電器が必要でその電力(当然電池車のそれを上回る電力が必要)をどこでどうやって発電する気なのだろうか。現在の電力需要だけでもギリギリの場面が少なくなく(特に真夏と冬場)且つ既存の安全確認済みの原発再稼働も認めない(偉そうに)となると電池車の電力はどうなさるのだろうかと他人事ながら心配になる。車を走る凶器と形容した者がいるそうだが電池車は走って持続的発火と感電を生じる凶器でエネルギー政策を無意味に圧迫するだけの無駄な技術なのだが。我が国にはゼロリスク信奉者が多いそうだが(現状の武漢肺炎とその亜種の状況からしてそうなのだろう)電池車の危険性はゼロリスク上問題にならないのだろうか?

 環境馬鹿と意識高い系はほぼ同一グループに(私の狭い価値観では)見えてしまうのでたかが電気とか言ってた電子楽器で有名になったオッサンの如く自分達は手を汚さずにご自身達は気持ちよくなっておられるのだろう。気持ち悪い。。。