通勤ではJRと私鉄を乗り継ぐのだけど私鉄は6、8両編成のワンマン車両である。JRは先週迄車掌が乗車してたのだが今週からワンマン運転になった。
ワンマンという言葉は多分和製英語だが地方生まれの私には小学生の頃から知っていた。何故なら路面電車(今ではトラムと言うのかな、昔で言う処のチンチン電車)がその頃(1960年代末から70年初期)既にワンマン化されていた為である。
なので乗車は後ろから、下車は前から(下車時に料金を払うので)が子供の頃は当たり前と思っていたが今住んでいる地域のバスでは乗車時に前から支払い、下車時は自由というパタンもあるのだなと思った記憶がある。まあ、方式だから可能な組み合わせだけ存在するのも道理でありまして(以下略)。
話を戻すと先週ワンマン化されたJR線(黄色い電車)でとても残念なのはどの駅でも山手線と同じメロディで駅毎に異なるメロディが無くなってしまった事。これは聴覚で駅を判定不可能となってしまった事とご当地努力(結構凝ったコンテンツが各駅で演奏されていたので)勿体ないとも思う(これが大半)。
ワンマン運転のシステムにそのような個別対応する余裕(マネタイズ出来ない要素=無駄であるから)は無いのだろうけど、その分駅要員が増えている様な気がしないでもないので運転手という専門職確保に今後苦労するから省力化は理解するが・・・色々と思う処も少々。
というのは死んだ親父がそのポジションだった様なので地方の私鉄は省力化努力は半端無く、それでも組合員は簡単にリストラ出来ない(良き時代でありました)から配置転換と。まあ、個々人の事情もあった様だけど(子供だったので良く分からず)。
ワンマンの次は自動運転は必然であろうが監視システムは今の処は有人であろうから所謂、Man in the loopの技術思想は維持される筈と信じたい(まあ、中でアウトソースされるのかもしれませんが、というか外注しやすそうだし:某ATM監視センタとか:)。
航空機業界でもコパイをAIに置き換える技術検討(もっと進んでフルAIパイロット含めて)が進んでいるそうだし無人運転は技術の流れかもしれないが・・・ゆりかもめの如く緊急時・災害時の迅速な対応が出来る(乗客にとっては安全・最悪生命の確保)かは過去の交通事故の歴史からしてそのリスク(確率的)は覚悟しておく必要はあるのだろう。何が出来る訳でもありませんが(乗客=荷物なので:)。