あなたの小箱と依存症

 今日もまた手持ち無沙汰になると貴方はあなたの小箱を弄り始める。下衆とは思いつつ興味を唆られそれとなく俯瞰するとどうやらゲームかSNSECサイトを閲覧される方が多いらしい。電車や待ち時間のようなやること無い時には結構な数の貴方が小箱と対話しているがひょっとしたら小箱が本体であなたはそれに一時的にせよ「操られて」いるのかもしれないし習慣性や依存性が強い小箱で一度使うとさながら薬物の如く強い依存症を催す「小箱」なのかもしれない。この小箱は20世紀には携帯電話と呼ばれていたが昨今の我が国ではスマホと呼ばれる依存症の為の小箱であると見做されている。

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 ド素人の臭い文書で恐縮だが上記は私が日頃から「小箱依存症」の方々を観察した印象で何故にそこまで小箱を愛する(依存する)かは本人でないと分からないのだろう。嗜好品というかコーヒーやタバコや酒を止められない愛好者の如く小箱を無意味に愛するのはそれこそ個々人の自由で外野がとやかく申す事柄ではないが敢えて表現させて頂くと「異様」に見える。もっともこれら依存症の方々が散財して下さるおかげで社会のエコシステム(キャリアとかソシャゲとかSNSとか呼ばれる事業者とそれにぶら下がっているあまたの事業者)が回っているのだから大いに小箱に依存して更に無駄金を浪費頂くのが彼ら・彼女らの戦略なのだろう。言い尽くされて引用するのも恥ずかしいがミヒャエル・エンデの「モモ」の世界で時間貯蓄銀行のエージェントの方々が前者というか社会の多数派であるならば「カシオペーア」は何処にいるのだろう。まま音声電話でわーわー馬鹿声で喚かれるのに比べりゃ数万倍マシではあるのだが「わたし、きになります」。