ラジオ少年の頃(その2)

 昨日と今日は最高気温が25〜26℃台と先週の34℃〜36℃と比べて10℃の差は大きく涼しくというか過ごしやすく感じるがこれも今日明日だけの事で来週から30℃台に戻る予報がされているもののこの予報とやらがアジャイル過ぎて数度の温度や天候のアジャイルな予報変更なぞ当たり前でそれだけ気象変化がアジャイル化した為であるのだろうが天気予報屋さん(官民問わず)も気苦労が多かろう。なのでテレビの天気予報のお姉さん・オジサンは本質的には不要でウィンドウにシンボル・アイコン表示で気象予報には充分過ぎるのだがそれに満足出来ない視聴者の欲望を満たす為に民間放送局は工夫を凝らしている・らしい(テレビ観てないのでYoutube等の間接情報しか聞かないが情報価値は・・・ゼロですよねぇ)。

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(前回からの続き)

電子ブロック株式会社

www.denshiblock.co.jp

(以下本文)

6.電子ブロック(電子ボード)

 経緯は覚えていないが当時は年末には親父にデパートに連れて行ってもらって貯めた小遣いで何かを買っていた記憶がある。恐らく小学校5年から6年の頃に科学と学習(私は当然科学のみ購読)で当時は業者さんが学校に教材相当で販売してくれていたと思うがその広告に学研が当時販売していたマイキットというスプリングで普通のより線を固定する仕掛けで100種類ぐらいの回路を実験出来るという物が存在したが高価で買えなかったしハンダ付けを知っている(親父の趣味のおかげです:)生意気な小学校高学年としては「スプリングで裸より線を手作業で固定なんて信頼性とスプリングの耐久性が・・・」とか考えた記憶がある。同級生でマイキットを買ってもらった人の話でもスプリングの耐久性(小学生用語だから博多弁でやおいとか緩いとか)も聞いた事もあってマイキットはパス(経済的な理由が支配的)と思っていた中で電子ブロック社の電子ブロック(近年復刻版や学研が何回かキャンペーンやってたので年配の方がご承知の方もおられるかと思います)の普及版である電子ボードなる物を見つけてSR-2Aという2石(当時はゲルマニウムトランジスタの高周波用1石、低周波用1石)の電子ボードを3000円程で購入した(当時は消費税は存在しなかったので定価通りだと2800円+9Vの006P積層乾電池分?)↓

yukikaze.fan.coocan.jp

 電子ブロック/電子ボードは当時の関係者か熱心なファンの方々がWebサイトを保持しておられるので上記に引用させて頂いた。写真から当時が蘇り小学生当時のイメージそのままで何度か書くが昔の記憶程良く覚えているものである(しみじみ)。

 電子ボードSRシリーズの解説(上記サイトより)↓

yukikaze.fan.coocan.jp

 電子ボードでは電子ブロック同様に回路素子がプラスチックで封印された構造でブロッカから端子(リードではなく板金と言うべきかピンと言うべきか)が出ておりそれを専用のベースボード(単にブロックのリードに合わせたスリットが空けられていたプラスチックの板で電気的意味は無くブロックを固定する機械的な意味であった)。電子ブロックが白いプラスチックで封印されていたのに対し電子ボードでは薄い紫の透明なプラで封印されていたので中の部品を見る事が可能であった(上図参照)。配線は複数の形状の板金というかリードというかを組み合わせて回路(電気の通り道)を構成する仕掛けでマイキットのスプリング+裸線ワイヤの如き空中配線やスプリングの損耗も発生せず小学生でも簡単確実に配線(リード板金を差し込んでいけば自然と回路が完成する仕掛けで開発者は確か特許か実案を取っておられた気がする)する様になっており20〜30回路を何度も組み立てては分解を繰り返していた。2石なのでスピーカは無理でクリスタルイヤホンとクリスタルマイクが付属しておりバーアンテナとポリバリコンを一体化したブロックで不器用な小学生でも簡単確実にゲルマラジオから1石低周波増幅、1石高周波、1石レフレックス、2石レフレックスラジオをブロックの差し替えだけで構成出来たので相当楽しめたと思う。マイクはアンプ(イヤホンで聞くだけ)やワイヤレスマイク(先のアンテナブロックを利用して高周波用1石で発振・変調を行い低周波用の1石でクリスタルマイクを低周波増幅して低周波トランスで変調を掛けていたと思う。当時の私はこのセットで他にお金を掛けずにさまざまな回路実験を行う事で小学生なりのトランジスタ回路というかラジオやアンプ、風呂ブザーや電子猫(ブロッキング発振かチャープのような物)で今は有害物質で代替品になってしまったが当時は合法だったCDS(硫化カドニウムセル)で明るくなったら音がするような目覚ましブザーといった応用形態も記載されていたので原理はともかく応用形態としての耳学は結構蓄積されたいたように記憶している。

7.Dパーツとその後の拡張

 2石のSR-2Aからスタートしたので拡張はDパーツから貯めた小遣いを放出して買い足していった。この辺はマイキットと違って小学生の経済事情を考慮した電子ブロック社の戦略に乗った小学生の一人であった訳である(当時としては普通にみられた「ラジオ少年」の光景でもあった)。

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 2石のSR-2A(30回路)から出発した私はDパーツ、Eパーツ、Fパーツ、Gパーツと買い足して小学生6年の頃には揃って最終的には4石のP-P構成の4石レフレックスラジオやワイヤレスマイクが構成出来てラジケータ風なメータと子供が喜びそうな装飾的バッフル風なスピーカグリルで5cm程度のスピーカを4石ストレートラジオ(正確にはレフレックス)を鳴らす事が出来た。上記解説にもあるがネオン管を点灯する為のブロッキング発振による昇圧回路が構成出来るようになっていて感電はしなかったが現在の電安法では問題なのかもしれませんねぇ(先のCDSもそうだけど)。

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 電子ボードSR-4A(最終形態)でこれに到達する迄は私の小遣いやお年玉はほぼ全てこれに投入されたのでありました(費用対効果は充分高かったと思う)。

 話は前後しますが子供の科学ラジオの製作(親父が時々買っていた)や模型とラジオの記事のみならず家庭や学校のラジオやテレビセットでも当時はまだ真空管ラジオや真空管技術はかろうじて健在だった(親父の趣味の影響も多分にありますが)ので前回記したST管で5球スーパ(の低周波部分と電源部分)を配線・動作確認した時は初心者がよくやるヒヤリハット事案で電源OffしてもコンデンサにB+のチャージが残っていて300Vのトランス出力のピークで√2倍程のB+ラインのどこかに触ってしまいビリっと来た経験があります。それ以降は高圧の怖さ(場合によっては:体内通電経路によっては:心臓を通るルート(右手から左足とか)では命に影響が及ぶとの知識もあったので以後は必ずB+系のラインはテスタで電圧確認してから作業をするように自然となりました(体験と呼ばれるヤツですな)。

8.トランジスタ真空管とプリント基板

 こういう経緯があってトランジスタで回路を組みたかったのだが子供の科学の影響もあってトランジスタ回路はプリント基板が王道と信じていたがその製作方法は中学生になって初歩のラジオを購読するようになって初めて塩化第二鉄(今では環境規制で廃液処理に制限が掛かっている環境汚染物質)でプリントパターンを何らかの方法で作成してエッチングを行う必要があると知るようになるのはアマチュア無線関連でお世話になった中学生の先輩の方から教わるようになってからでありました。おういう訳で中学校1〜2年初期迄は真空管で0−V-2やトランスレス5球スーパをアイデアルの穴無しシャーシーを買ってきて親父が買ってくれたシャーシーパンチと持っていたハンドトリルとヤスリとノコギリでアルミの粉が指紋の間に入って指が痛くなりながらシャーシー加工、多芯線の先端にハンダメッキをはんだごてで丹念にしつつワイヤリング後はカセットテープをばらしたテープで拘束して美しい配線のようなものを目指した時もありましたが面倒臭くなって(猫型人間故)

電気工作は機械工作と違って回路が繋がっていればどんな外観でも動く

(但し高周波領域はさにあらず:無線もマイコンも:)

 と悟り何となく将来は電気系とまでは言わないが科学系(つまりは理系)に進みたいと考える様になっていました(まあ、理科は好きだったが数学はそうでも無くて高校受験に失敗するのだが)。

(つづく)