ラジオ少年の頃(その3)

 束の間の30℃未満の日も終り今日の予想最高気温30.5℃で今週から30℃超えの夏日に戻るが幸いにして朝晩は20℃台で熱帯夜は避けられているだけでも有難いと観るべきだろうか。今年の梅雨が何時だったのか特定するのが難しい?のか昔(とはいえ10年前)程にははっきりとして季節の変化が(というか穏やかな変化が)置きず半ばランダムに気候変動が散発しているように感じられてしまうのは無知なおじ(い)さん故なのだろうか。カオス系がどうちゃらとか言われてもその科学技術が実務(今回は気象予報)に適用出来なければどこぞの東大地震予知妄想(失礼)と同じで税金泥棒に過ぎないのでは無かろうか(研究者の方には言い過ぎかもしれません)。NEC地球シミュレータでは結構気象予報は当たっていたのに今の地球シミュレータは自然界の変化に追従出来ずに最近のようなアジャイル天気予想(数時間前にやっと予報が確定する予報にどの程度の意味があるというのか?)では現実に困る(実務的・財務的に)方も少なくないのではないだろうか(か?ばかりの無責任ワード連発で申し訳ありません)。

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(前回からのつづき)

9.初歩のラジオ

 小学校高学年の頃は子供の科学(多分、中学生でも時折買っていたと思う)の愛読者であった事は記したが中学生になって筥崎宮の近くから東の辺境に引っ越したのでそれを堺に交友関係も接する文化も変化するのは誰しも経験される事ではないかと思う。初歩のラジオを買うようになったのはラジオというか電気工作(当時はエレクトロニクスという言葉が最新流行語で意味も無く「エレクトロニクスの○○誌」といった表紙が少なくなかった。)をやりたい(何度も書くが高確率で親父の影響)との方向性が自分なりに定まったからだと思っている。当時の初歩のラジオはオーディオ、コンシューマ機器(ラジカセとか)、無線・BCL関連(当時はBCL・SWLという受信趣味が流行っていて短波放送(主に外国の)を受信してベリカードを貰うのがBCL、アマチュア無線を受信して(免許が取る迄受信業務で勉強して)た人がSWLをやっていた。別段受信機を作る訳ではなく当時はブームだったので(Sonyスカイセンサー5800の時代です)数万円の費用があればBCL・SWL受信機を購入するのは中学生でも可能であったがそんな金無かったので初歩のラジオで後半ページに割当てられている無線関連の製作記事がお目当てであったが前半のオーディオ記事は欧米の高価な真空管(それも古典管や見栄えのする欧州系のGTステムのビーム管)を贅沢に使用した藤本さんの記事は羨望の的というか高嶺の花を望遠鏡で眺める感ではあったがこういう世界があるものかと6L6GC、2A3、KT88、WE300Bといった海外の有名管のパーツナンバーだけは記憶する様になっていった。話を戻すと当時はJA1QGV/JH1DVVとかいう方の記事がお気に入りで無駄な機能が無く欲しい機能が搭載され回路情報も概ね正確で再現性も高く部品入手が可能で中学生でも可能な部品代で製作可能な記事が多かったので良く参考にしていた。当時はまだ50Mhz帯でAM/FM通信がされていたので別の常連執筆者の方が39MhzのVFOでシングルコンバージョンの10.7Mhz IFなAMトランシーバの記事も掲載されていた。お名前は忘れたがこの著者の方はトランシーバが好きで27Mhzの水晶制御(固定チャネル)な電波法上出力が有りすぎる様な27Mhz AMトランシーバーの記事も書かれていて回路も記事も参考になったので製作したくなったが用途が外れるので何度も読み返していた(それだけ情報に飢えていたのだろう)。そういう経緯があったので中学校2年の頃に掲載された高1中2相当の半導体(当時はソリッドステートという言葉も流行っていたのでオールソリッドステート短波受信機:当時は真空管とのハイブリッド構成が少なくなかった(特に送信機・トランシーバの送信管))短波受信機の記事に飛びついた次第である↓

aki-iic.hatenablog.com

 自己引用になるが構成他の上記より引用:

20201004追記:中2の頃に作った短波ラジオの構成を思い出したので(懐かしさ故)記しておく。

RF(3SK22)-MIX(3SK22)-IF(2SK19)-MF(MFH40K)-IF(2SC460)-MF(MFH40K)

-IF(2SC460)-DET(1N60x4)-BFO(2SC372x2+varicap)-AF(uPC20C)

OSC(2SK19)

 1975年頃なのでdual gateでもJ-FETでMOS-FETが登場する前の時代。東芝のFETばかりなのは著者の好みかもしれないが地方(福岡)でも入手可能な部品で構成されていたので助かった(通販使うようになったのは高校から)。バリコンは430PF三連のアルプスのエアバリコンでバンドスプレッドは中1の頃に製作した 0−v−2用のタイトバリコンの羽をむしって使用した。コイルはトリオのS-B(RF付)で受信帯域は3〜10Mhzで3.5,7Mhzのアマチュアバンドと9Mhzの短波放送は良く聞こえた(中2の作品にしては)と思っている。ケースはアイデアルのクリーム色でカバーが焦げ茶のオーディオ用のケースをバリコン周りを補強して使用。45年昔の事だけど不思議と覚えているもんで。その後これを親機にして21Mhz、50Mhzのクリコン作って50Mhzのクリコンは後に製作する50Mhz SSBトランシーバーを製作した際に役立った。当時は初歩のラジオラジオの製作が私にとってのバイブルで大学生になる迄トランジスタ技術の存在を知らなかった(流石にCQ誌は知っていた。あまり買わなかったけど)事を大学時代の友達に驚かれた事がある。若い頃の事は良く覚えているというが当時中2のラジオ少年にとっては貴重な経験だったんだろうな(しみじみ)。

(引用おわり)

10.プリント基板

 初歩のラジオに掲載された回路記事では読者が中学生想定の為かプリントパターン図が掲載されており当時サンハヤトが製作キットを販売していた専用シート・感光基板へのフォトエッチングが代表的であったが高価だしパタン書くの大変だし(オリジナルのコピーでは満足出来ない生意気中学生だったので:)当時の中学生の先輩に教えてもらったマジックインキでパタンを直接銅箔基板に手書きしてそれをエッチングする方法で基板を作成し後は1mmドリルで膨大な数の実装用の穴をハンドドリルで(前に記したアルミシャーシーの加工に用いた親父伝来のハンドドリルである)地道に穴あけしてそれに部品をハンダ付けしてプリント基板を作成していた。この手法は高校生になっても同様でこっそり21Mhzのクリコン(これも初歩のラジオのJA1QGVさんの記事)を作ったり大学生になってからも50Mhz SSBトランシーバの製作にも両面基板を用いる(GNDパターン強化の為)等したが技法は進化していないというか確立された技法であった↓

aki-iic.hatenablog.com

 ネタの再利用はこの辺にして話を戻すとプリント基板を作っていたのは中学生から大学1年(2年以降はマイコン青年?と化すのでDRAMメモリ基板以外は基板作った記憶無し)でその後プリント基板を設計(Eagleで設計して基板はOlimexに発注)したのは2007年頃だったと思うがこれと中学生時代のマジックインキでパターン直書きを比べるのは違うと思うのでこの辺にしておきます。

 余談ですがYoutubeで意図的に空中配線で非現実的な回路配線を得意げに(見栄えがするから?)ハンダ付け作業を示した映像が散見されるが回路製作の実態とは掛け離れている「虚報」だと個人的には考えているので止めた方が良いのではと思っている。合わせてBGA部品ハンダ付けが簡単そうに出来る様な「虚報」もどうかと(単に私が不器用なだけかもしれないけれども。

 振り返ってみると中学生の頃に習得したマジックインキ系プリント基板製作法は後々(必要ならば今でも)迄使える技法でこれも電気工作資産になっているのかもしれません。シャーシー/ケース加工は不得意だったけどそれが無いと始まらないから実は社会人になってからもMC68B09E+HD68B45+HD63B50を使ったCRTターミナルをNo.807にて配線して秋葉原で購入したクリーム色のケースを加工して組み込んだ記憶がある。それ以降はシャーシ/ケース加工をまともにやった(プラケースの穴あけ程度)記憶が無いのは気力減退の兆候だったのかもしれない(溜息)。。。

11.2SC372と2SC945と2SK19と3SK22、そしてμPC20C

  執筆者によって異なるが先のJA1QGVさんは東芝の石(当時はトランジスタを石と読んでいた。今ではIC、LSI含めて石と呼ぶ傾向があるようだが)が多く幸い地方でも東芝の部品は真空管含めて入手可能だったので助かった記憶がある。超有名トランジスタ故、年配の方は先刻ご承知とは思いますが安価(当時100円ぐらい?)でft=200Mhz,Pc=200mWの高周波でも使える標準的な万能トランジスタでありました(敢えて記す迄も無い事柄ですが)。一方2SC945はNEC製のトランジスタで当時の地方のジャンク屋(というか試験不良品か製造余剰品のプリント基板が多かった)で2SC945/2SC900を使ったジャンク基板(長い連動スイッチが搭載されていたので民生用機器向けかと思われる)から取り外した本トランジスタを多用するようになりました。スペック上はft=250Mz,Pc=200mwとftが2SC372より50Mhzも高かったので高周波(特にVHF向け)に限らず以後2SC372は購入せず専ら2SC945ベースで考えていました(とはいえ回路設計が出来るでもなく単に代替品として差し替えただけ)。2SC900は2SC945の音響用といえる石で東芝の2SC1000(型番格好良いですね。偶然とは思えない。。。)に相当する石で大学生になって作ったTA7210をパワーアンプとしたステレオアンプ(爆)に東芝トランジスタの代替として使っていましたが先日帰省した時にまだ存在していた様な気がする。JFETの2SK19はこれも説明不要な超有名銘柄ですが当時トランジスタよりFETの方が高級・高性能なイメージが強かった為か2SC945で充分なXtalOSCにわざわざ高価(250円ぐらいした気がする)な2SK19を用いる著者が結構おりました(JA1AYO以外の方はFET使う方が多かったような気が)。一方Dual gateなJFETの3SK22は専ら先のJA1QGVさんの記事でしか見たこと無く当時はMOSFETの3SK40,3SK45といったMOS dual gate FETに移行してしまったので失われた技術と化している様です(ディスクリート詳しくないので間違ってたらゴメンナサイ)。

 μPC20Cは初歩のラジオで多用されていたNECのモノリシックICで当時はサンケン電気さんやマルコン電子、東芝もオーディオパワーアンプ用にハイブリッドIC(というかモジュール)を多数販売しておりプリアンプ用にマルコン電子さん(東芝系列)のMC4080+LM380x2でミニアンプを大学合格後の春休みに急遽製作した記憶があります(当時は馬力ありましたので3〜4日で回路設計・基板製作・ケース加工・動作確認をやってのけた気がする。翻って今は(涙)。)。まあそんな訳で色々ありましたがラジオ少年の日々を過ごしていたのでありました。

11.余談(株式会社東芝様への感謝)

  経緯は忘れましたが当時東芝さんに部品情報請求かカタログ請求を初歩のラジオかハガキか自分で書いたのか忘れましたが(当時の初歩のラジオ東芝と松下が自社半導体応用拡販の為に毎月記事投稿されていた。当時の最新半導体であったトライアック(SM2D41+トリガーダイオード)を用いた調光器ではゼロクロスでないのでノイズ出まくりで図面にはノイズフィルタが記載されいた)地方の大学生に東芝さんのリニアICと高周波ICのハンドブック(全部で4cm程の厚みになる立派なマニュアル)を送付して頂きました。これを参考にして東芝のICを多用した(上記のステレオアンプ等)製作をしておりました。40年前の事柄ですがここに御礼申し上げます。

 当時の東芝は家電業界でもトップで民生機器から電力・原子力から電気関係のみならず社会を支える大企業で今でも色々ありましたがほぼ全ての分野を把握している底力は日立製作所と並んで日本のエレクトロニクス産業を支える大黒柱であったと承知しております。仕事では東芝さんはEOLが早くて困った事もありましたが上記の幼児体験というか学生時代の利害関係が無い頃の体験から今でも東芝半導体(の販推部門の方)には好感を持ち続けております(妄想或いは片思いですけどね:)。

(了)