葉月から如月と半年程時が経ってしまったが紀元節が亡き親父の誕生日だった事を思いつつ小中学生時代の主にラジオ用真空管関連のお話:
12.並四や三ペン(並三)は作った事が無い
子供の科学の読者であった小学校4年生の頃は2SA103や2SB54/56といったゲルマニウムトランジスタの時代が終わりかけ時代は2SC372,2SC735のシリコントランジスタの時代に入っていて子供の科学の常連の奥沢先生の記事もほぼ全てシリコントランジスタ、特に2SC372,373,735,場合により2SC1000,ラジオによってはhfeランク指定有り(東芝だとGR,BL,Y,など)プリントパターンが公開されていた為、再現性は高かったのではと思われる(小中学生でプリント基板を作り、小さな部品をハンダ付けし、調整が必要な部分を操作し、聴こえるラジオを製作出来たかは分からないが:)。で、そのような時代の中で何故、真空管かと言えば
前に書いた気がするが親父はトランジスタラジオの製作に(ペーストを使う為)多くを失敗しており、トランジスタラジオは難しいのでは・・・との漠然とした印象があった(〜中学2年迄)。
中学生になって読み始めた初歩のラジオとラジオの製作では意外にも真空管を使用したセットが特に無線関係(数Wの送信機の製作は当時のトランジスタでは難しく、アマチュア無線分野ではまだまだ真空管が現役であった)には真空管が多用されていて(親父が真空管世代でもあり)真空管セットは資金援助を受けやすい背景もあった。
ように記憶している。それから紆余曲折あって(ラジオに興味を失った時もあったりして)小学校6年生の時に親父が田舎から回収したサビだらけのST管5球スーパの残骸と親父が持っていた(このとおり今の私は親父の趣味に少なからず影響を受けている:)杉本哲先生の初歩のスーパーとHifiの研究を読んでその中から2球スーパー(6WC5-6D6、セレン倍電圧でB電源生成)を作ろうかと思ったが、親父が5球スーパにしてしまった:)。構成は
6WC5(第一検波)ー6D6(中間周波)ー6ZDH3A(第二検波、低周波増幅)ー6ZP1(電力増幅)12F(B電源整流)
な構成だったと記憶している。無論いきなり小学生が5球スーパは無理でその大半を親父が(嬉々として)配線していたのだろう(きっと)。真空管という部品は予想以上に丈夫で何十年も経過しているのに5球とも正常に動作したのに驚くが電源トランスのタップが当時の電源事情を反映してか(当時は夜間は100Vから85V程度に下がるのは日常であった:)300Vと12Fの定格を超えているのでは?とも後知恵で思うが真空管という部品は無理が効くのでプレートを赤くさせつつちゃんと400V以上のB電源を供給してくれた。最初が5球スーパ(但し事実上、親父が製作:)でその後は0-V-2(6CB6(再生検波)ー6AV6(低周波増幅)ー6AR5(電力増幅))まで手掛ける事は無かったと記憶している。
13.トランスレスが好き
ST管の6ボルト管の5球スーパーの後、今度はMT管で5球スーパーを製作する流れになりアイデアル(摂津工業)の5−MというMT管5球スーパー用の穴あきシャーシーに先のST管5球スーパの部品を使える物は使って(事実上、電源トランスだけだったが)MT管5球スーパーを製作する。当時は5球スーパーを製作出来れば一人前(まあ、昭和20〜30年代の概念だが:)と言われていた為でもあろうが5球スーパの構成なら全国普通にラジオ放送を安定して受信出来るので当時はそれなりの根拠でもあったのだろう(1970年台だからシリコントランジスタの時代だったのだが:)。構成は:
6BE6(第一検波)ー6BD6(中間周波)ー6AV6(第二検波)ー6AR5(電力増幅)5MK9(半波整流)
な構成であった。IFTはMT管用で5−Mシャーシご指定のTRIOのT-26を使用し、コイルはTRIOのハイインピーダンス型のアンテナコイルと空心発信コイルとパッティングコンデンサー(これは先のST管ラジオから調達)で三点調整(トラッキング調整)を行う構成であります。まあ、年配の方からすればありふれたどうとういう事もない管球ラジオでありますが追体験的な意味での小中学生の当時の自分にとっては空中配線を前提とする真空管ラジオの製作手法を習得していったのでありました(配線、実装配置、布線ルートのセンス含めて)。実はこれも中間周波以上の難しい部分(シャーシーが小さかったので真空管部品、特にコンデンサ、ではぎゅうぎゅうで配線がとても当時の私の技量では無理だった:)は親父がやってたので自分率30%程度だったと思っている。なので不確かだが一度分解して自分で再組み立てしたように気がしないでもない(新しい小型の部品を使って)。当時は0.1μFのオイルコンが1x2cm程度の円筒形だったし、マイカコンが現役でこいつも1x1.5cmぐらいの大きさだったのでセラミックコンデンサが小型部品に見える時代であった。空心円筒型のチタバリも現役な時代でとにかく真空管セットは配線はしやすいが空中配線で部品も大型(耐圧上、当然なのだが)で部品も高価で入手も徐々に難しくなって(トランジスタの時代故:)真空管セットは次第に作らなくなる。多分、その最後に中学生1〜2年時に作ったのがタイトルおトランスレス5球スーパーであった。構成は:
12BE6(第一検波)ー12BD6(中間周波)ー12AV6(第二検波、低周波増幅)ー50EH5(電力増幅)
であったと思う。この構成だと12+12+12+50=86Vなので間に抵抗か12AX7でも入れないとヒータ電圧が高すぎるのだが最初は電力増幅を35C5、整流管を35W4にしていて35W4の整流管の整流作用が死んでしまってヒーター代わりに使っていたからそちらの方が正解なのかもしれない。50EH5は1w出力ではあるが高感度なトランスレス管で2本でステレオアンプになるから当時は使い勝手の良い球であった。タイトルのトランスレスが好きな理由は:
・高価な電源トランスが不要
・重たい電源トランスが不要なのでセットが軽量化出来る
という主に経済的理由が大きい。無論トランスレスの弱点の
・フローティングアースを必要とする
があるのだがこれはACプラグに極性マークを付けておけば感電は防げるので自分しか使わないセットと割り切り、ネオン管をホットエンド検出ツールとして使って対処する事にした。これには日の出のゲルマラジオの電灯線アンテナでコンセント極性の知識があったのが関係しているのかもしれない。
14.その他の真空管セット
真空管は高価な部品なのでセットを作っては壊して部品調達が普通(プリント基板に直付のトランジスタセットではそうはいかない:)で上記登場した真空管らを用いて一時的に作成したセットを記するに:
・12AU7超再生受信機
子供の科学や初歩のラジオに時折掲載されていた12AU7の片ユニットで超再生検波、残りのユニットで低周波増幅を行うもの。具体的にはFM受信機なのだが超再生故、ブロッキング発信によるクエンチングノイズが物凄くて動作中は周りのFMラジオが沈黙してしまうので動作確認後、解体(丸裸セット故:)。
・12AX7-35C5-50EH5非対称ステレオアンプ
当時はSN76115というFMステレオMPXアダプタの製作記事が初歩のラジオに藤本さんの記事で掲載されていて高校生の頃にMPX付きFMラジオに製作したそれを接続してヘッドホンでFM放送を受信し、TC2610というLL用且つおまけでステレオ、クロムテーム対応(懐かし:)のカセットレコーダでエアチェック(懐かし:)をしていた。なので今度はステレオアンプということで手持ちのトランスレス管を組み合わせて非対称ステレオアンプもどきを製作した。まあ、出力トランスもスピーカーもポンコツだったのでまともな音とは言えなかったがステレオには聴こえた気がする:)。ほぼ同時期か前に製作したLM380(懐かし)x2のステレオアンプ(ポップノイズがすごかったし、銅板で放熱板を製作したり、ノイズが多かったりと構成は単純だが課題もあるICであった)を主に使っていたような気がする。。。
その後、社会人になって秋葉原の三栄無線で12Ax7-6BX7シングルアンプキットを組み立てたりLuxkit A502,A501を組み立てたりもしたがオーディオには差程興味を持てずCDから今の固体記憶素子の時代になりイヤフォンで充分じゃん(元々音感無いし、齢で高音域聴こえないし:)と割り切り今に至る。
時代の流れで幾分残念にも思わないでもないが今の私の価値観ではオーディオは科学的検証が原理的に不可能(良い音って何?:)なオカルト空間であり、アマチュア無線はごく一部の技術志向の方を除き、懐古趣味老人老婆の閉鎖空間に思えてならない(一個人の偏見です:)。まあ、お金持ちで時間に余裕のある富裕層さんの道楽なのだなぁと適度な距離感で遠巻きに無視する(じゃない距離を取る)のが適切と考えております。