Forbesの記事。要旨はLi-ion電池(に限らず)は採掘で環境破壊している〜という事らしいがそんなの実用化時点で知れているだけの事で携帯電話等の電子機器で大量に消費され初めたのは十数年以上前であるから記者さんはその時点から警鐘を鳴らす(メディアの一つ覚え:)のだろうか?
その意味では電池という技術は鉛にせよ有害物質で構成されているのだから管理された再生・再利用技術に於いて、クリーン(リサイクル率に依るが)と言われている訳で記者のロジックなら
電池の多くはクリーンではない
となるのではないか。というかそもそも科学技術(原発は言う迄もなく)とは人類が得る利便性と環境破壊(リサイクル・リユースによるマイナス分を考慮しても)とのトレードオフであるからそれは石油であろうが原子力であろうが水力(ダムって一部の方の視点では環境破壊ですよね:)でもそしてLi等のレアアースも然り。
だからといって一部の頭が変な人(自然主義?でしたっけ、野菜しか食べない人のエネルギーバージョン)以外は折角手に入れた近代科学技術による近代社会を打ち捨てる事は、まあ無いでしょうな(上記変人さんは除く、好きにやってくれ:)。
記事を書いた人は環境偽善者が抜かす電池車はクリーン(嘘)に対してそうではないと指摘したいのだろうが、それって対象となる意識高い系(自称含めて)によりアピールさせるだけでなく、上記の環境コスト試算(ISO14001で義務化されている筈なのだが・・・)故にごく最近の電池グルマの本記事の如き指摘は、
今頃何言ってるんだろう(偽善者め)。
と思ってしまう私は相当ひねくれているのだろう。もっとも本当に電池グルマはクリーン(環境会計的視点で)と思っているのであれば本記事の価値はあるのだろう(特に犬笛マスクに言いたいと思ってしまう私:)。
結局の所、電池技術がエコシステム含めて現状の問題点を克服出来ない限りは現行の技術(クリーンディーゼル・ガソリンエンジンやHV、FCV等)も当然選択肢になる(現になっている)のは当然だから過ちを正すのに手遅れは無いから、
その技術なり理念を礼賛させたい勢力のプロパガンダは精査すべきであるのはそれこそ歴史が証明している。そしてその批判に生き残った技術が明日なり今を担うのに相応しい技術なのだろうとごくごく常識的な事を反芻してみる(当業者の方は爆笑するかもしれませんが)。
電池車は20世紀に入ってからカウントしてもn:n>3ぐらい?失敗しているのだから懲りずに研究室に戻るなりして補助金不要で環境汚染も考慮(無しとは言えませんが)した他のエネルギーに対抗しうるレベルに熟成させてから出直してこい! と個人的には、言いたい。
無論、それを煽るおバカメディアと提灯ライター、評論家(自称含む)は当然の事・・・こう反芻するにTOYOTAって会社は凄いというか恐ろしい企業だと感嘆してしまう(何度でも)。
嫌味になるがそれはあたふたしている日産とホンダの迷走ぶりでも解る(すみませんね。当事者にとっては社運なり命運を決する事故、揶揄してはならない事なのでしょうけれど)。