EEJournalの記事より。Xilinx(現AMDXlinux)がLCA(後にFPGAと呼ばれるLogic Cell Array)を発表して早40周年。感慨深いですね。
このコラムは殆どポエムの様なものですが、個人的にちょっと気になった部分(チップの画像ですが)を引用させていただきます(機械翻訳ですが)↓
そしてFPGAが登場しました。これは、アメリカの電気技師であり発明家でもあるロス・フリーマンの発明であり、彼はFPGAの父として広く知られています。ロスは、ソフトウェアの柔軟性とハードウェアの速度を兼ね備えた汎用プログラマブルロジックデバイスのアイデアを考案しました。1984年、ロスはバーナード・フォンダーシュミットとジェームズ・バーネットと共に、シリコンバレーでザイリンクス社を設立しました。
最初に世に出たFPGAはXC2064で、3µm、2.5µm、または2µmプロセスノード(人によって異なります)でCMOS実装されました。約85,000個のトランジスタを搭載したXC2064は、8 x 8 = 64個のロジックブロック「アイランド」を誇り、各アイランドには2つの3入力ルックアップテーブル(LUT)が含まれ、これらはすべてプログラマブルインターコネクトファブリックの「海」の中に配置されていました。
ピン数はパッケージによって異なります。例えば、XC2064-PD48Cは、下図に示すように48ピンのDIP(デュアルインラインパッケージ)パッケージで提供されました。
AMDは2022年にザイリンクスを買収しました(買収の意向は2020年に発表されていました)。多くの点で、これはまさに「天が与えた組み合わせ」と言えるでしょうが、それはまた別の機会に。ちょうどAMDのウェブサイトにあるブログ「 From Invention to AI Acceleration: Celebrating 40 Years of FPGA Innovation」をじっくり読んでいて、じっくり考えていました。ロス氏がXC2064のレイアウトを眺めている写真が気に入りました。
引用おわり。
Xilinxの初期のLCA(ついFPGAではなく当時の名称のLCAと読んでしまう私:)の2000シリーズは2018,2064が中心だったと理解しているのですがいづれもPLCC(2018は84Pin、2064は68Pin)と記憶しているのですが上記写真によると48PinDIPも存在した様ですね(新鮮)。続けて、
初期の問題の一つは、優れたFPGAツールの不足でした。私はこの分野の専門家ではありませんが、デバイス内部のロジックブロックとI/Oブロックの接続方法を記述するために、ユーザーがシンプルな回路図キャプチャを使用していたと聞いたことがあります。また、LUTの内容も手動で指定する必要がありました。ザイリンクスがXACT(Xilinx Automatic CAE Tools、またはXilinx Advanced CAD Technologyの略)を導入したのは1990年頃のことでした(わずか数十年でこれほど多くのことが忘れ去られているとは驚きです)。XACTには、配置配線(P&R)、スタティックタイミング解析(STA)、ビットストリーム生成が含まれていました。
XACT以前の設計手法の大きな問題は、実際にデバイスをプログラミングして実世界のタイミングを測定しなければ、設計の入出力遅延を決定することがほぼ不可能だったことです。「FPGAは面白いアイデアだけど、普及することはないだろう」と思ったのを覚えています。これは、私が貧困の中で、悲しく打ちのめされた男として死ぬ運命にあることの、もう一つの例です。
引用おわり。
当時も今も当方その分野の専門家ではありませんが、回路図入力(ViewlogicかFuturnetのDASH)でTTL(74シリーズ)風のスケマシンボルを回路図エディタで入力してそれをネットリスト(XNF:Xilinx Netlist Format)に出力し、XNFMAP⇒MAP2LCA⇒APR(ここ非常に重要)⇒BitstreamでConfigROM(当時はXC1736,XC1765等の8Pin OTPROM)に都度書き込んでターゲットに実装して電源Onしておりました(遠い目)。
その後AlteraもEPLDからFPGAに参入し、Xilinxとの激烈な競争が始まり開発ツールもXACT時代は100万円ぐらい掛かった(それもシミュレーション無しで)のがWebPackになると無料(びっくり)という競争の激しさでありました。
それからLatticeも参入(旧AMD⇒VantisのMACH4ベースから徐々に開発されたMACHXOとLattice独自のFPGA(確かファウンドリは当時の富士通電子デバイス部門)とベンダも徐々に広がって行きました(遠い目)。
話を戻すと上記著者がFPGAは開発ツールがプアなので普及しないと考えたのは間違いでは無かったかもしれないけど当時は金で時間を買う事が出来た境遇に居たので同時の日本の半導体技術の力を借りて某社のFPGAとピン互換のGAを提供してもらい、初期はFPGA、その後はGAという手法を取った(取れた)ユーザも居たと思われます(当時は日本の半導体産業の絶頂期でしたので(再び遠い目・・・)。
その後はHDL、特にVHDLとVerilog(中にはNTTの独自言語や古くからのAbel,XAbel等もありましたが)の普及で階層設計は別にしてスケマで設計される方は少数派と思っています(シミュレーションがHDLに比べて面倒故)。
毎度のフレーズですが30年前にソフトだけでも100万円以上(WS用は更に高価)、当時486クラスのPCは数十万(DOS/VはIBM以外は東芝のJ3100が独自の日本語対応をしていた)以上もしたのでJ3100GT(プラズマの機種)をレンタルして試行しておりました。確かXC2018×3でconfigはEPROM(28Pin)でGAのエミュレーション(プリント板レベルでGAと互換のボードを試作した)に使ったのが当方にとってのLCAとの出会いでありました(なつかし)。それが今では(以下略)・・・
とか何とかポエムはこの辺に致しましょうか。昔の事は良く覚えているものですね。当時は時間無制限でしたので残業・徹夜・休日出勤は当たり前の世界観でありました(当時の日本企業というか業界の一般的傾向だったと思います。前にも書いたがブラックなんて考えは無かった:)。
20250613 08:16追記:EETimesにFPGA生誕40周年でAMDの責任者へのインタビュー記事があったので引用します(上記EEJournalとは全く異なる内容)。
Raje氏 われわれは、プログラマブルロジックとCPU、GPU、AIエンジン、DSP、ビデオコーデック、広帯域メモリ(HBM)のような先進メモリを1つのパッケージ内で組み合わせる、より“深い統合”に注力している。ロードマップでは、チップレットベースの設計や3次元(3D)パッケージングを重視しており、柔軟性の向上とコストの低減を目指す。今後はエッジAIの分野で勢いが加速するとみている。アダプティブSoCは、消費電力と遅延に制約のある環境でのリアルタイムAI推論を実現する上で、重要な役割を果たすのではないか。
引用おわり。
ビジネスの責任者だから教科書的な回答だし実際Xilinx(AMD)はそれを実践しているが、毎度の如くFPGAがSoCやAIプロセサに追い付かれる迄が勝負のしどころなのでしょう。追い付かれたら毎度の如くLSIなりCPUに置換えられる運命なので。
XもAもハイエンドFPGAにフォーカスし続けているのでこの傾向はAIブームが打ち止めになるなりの沈静化か景気停滞(兆候が無いでも無いが:例えばEVと自動運転:)が顕在化しない限りは好況が続くのでしょう。
