クリスタルフィルタ

 クリスタルフィルタといっても別段最近の動向でもJA6BI風なラダー型フィルタの再現でも無く単に大昔学生時代に作った(当時は自作という単語を過度に強調する風土では無かったような。単なる金が無い貧乏人や学生の強弁の一種(それがパーツの組み合わせや製作記事の組み合わせや組み立てキットであったとしても))であった印象が強く昨今の一部の「自作派」の方々が主張されてるものとは多分異なる前世紀の貧乏学生(当時)の昔話とご理解頂きたい。

1.50Mhz SSB トランシーバ

 発端はサトーパーツ(佐藤無線でも大手のサトーパーツでもない蒲田にあった(ある?))でど田舎の貧乏学生が通販で3千円くらいで購入した7.8Mhzクリスタルフィルタに始まる。当時は27Mhzの輸出用CB無線機用のSSB用クリスタルフィルタが比較的安価(アマチュア無線用の9MhzのXFは6千円以上した記憶がある)なXFを買ってJA1AYOのアマチュアのIC活用とかいう本で見つけたSN76514を能動型平衡変調器(以下BM)としたSSBジェネレータ(当時はハイフレのXF以降のステージの送受信部をSSBジェネレータと呼んでいた。トランシーバではなく送信部だけの場合もあった。)を7.8MhzのXFで作成してそれをベースに50MhzのSSBハンディトランシーバ(にしては巨大な)を教養課程の夏休み潰して作ろうという魂胆である。

2.構成

 色々手を加えて改造したので記憶に残る最終構成を記す。40年以上昔の事なので不正確な点はご容赦。

・受信部

 3SK40(RF) → 3SK40(Mix) → 7.8Mhz XF → TA7124(IF) → SN76514(BM/DET) → LM380(AF)

・送信部

 TA7063(Mic) → SN76514(BM:受信部と共用) → LM1496(Mix) → 2SC994? → 2SC1306 → 2SC1306(Final)

・VXO

 2SK19(VXO) → 2SC372(doubler) → 2SC372(doubler) → [10.595/10.615/10.635]x4(Mhz)

 当時は初心者が製作するよくある構成でSN76514やTA7158は当時良く使われたアクティブ型バランスドモジュレータ(以下バラモジ、BM)で当時のCQ誌にはバックナンバ含めて多く使われていたと記憶している。SN76514にしたのは単純に参考にしたAYOさんの本が使っていたからで9Mhzを7.8Mhzに周波数構成を変更しただけに過ぎないがそれでもSSB初体験の貧乏学生にとっては得るものが非常に大きかったと記憶している。VXOは当時の部品・ジャンク屋さん(平和台の近くだったような)で買ったHC18uかHC24uの水晶をVXOして4逓倍して

・チャンネル1:10.595x4 + 7.8 = 50.1〜50.18Mhz(ぐらい)

・チャンネル2:10.615x4 + 7.8 = 50.2〜50.26Mhz(ぐらい)

・チャンネル3:10.635x4 + 7.8 = 50.25〜50.33Mhz(ぐらい)

 を不連続にカバーした(つもり)。VXOは容量成分の関係でバイボーラトランジスタの方が良いと言ってる人もいたようだが参考にしたCQ誌の記事がJFET(2SK19)だったので3逓倍構成をスプリアス等を深く考えずに単純に2x2(4逓倍)して7.8MhzのSSBフィルタと組み合わせて50MhzのSSBの送受信構成とした。これを作る為にサブトロ二クス社とかいう処の周波数カウンタの組み立てキットを購入して前に書いた中2の頃に作った3〜10Mhzの短波受信機(自称)を親受信機にしてこれまた丹羽さんのトランジスタ活用ハンドブック(赤+オレンジの大本)にあったバイポーラトランジスタで構成されたクリスタルコンバータ(クリコン)を即席で作り局発はCB用の27Mhzを5倍オーバートーン発振にして27/3x5=45Mhzの局発で5Mhz付近に50MhzのSSBを受信可能な準備をした。50Mhz SSB ハンディトランシーバ(A4サイズであった:恥ずかし)は三洋の単3ニッカドを10個(4+6)トリクル充電して皿ネジの山作ってリードのシャーシ転用ケース(自称)でダイヤルエスカッションは1.2mmのプラバンに当時流行ったボールドライブで減速してジャンクのFM用バリコンを適当に調整して42.3MhzのVXO(4逓倍)を出力出来るようにして先の周波数カウンタで周波数とドリフトを確認した。一応VXOなのでドリフトは少ないつもりだったが所詮ド素人が雑誌の記事を繋ぎあわせて即席でこしらえた代物なのでレポートはRS51ばかりであったがそれでも自作のVHF帯SSBトランシーバでQSO(懐かし)出来たのは大きな収穫だった。まあその後はマイコンブームの影響を受けてMC6800ベースのマイコンボードを自作する道に進むのでアマチュア無線関係はこれで終止してしまったのだが。。。

 それにしても若い頃、特に貧乏学生は金は無くても暇と労力は腐る程あったのでアートワークからエッチング、基板作成(片面だけど)部品実装と前述の機材を駆使して夏休みの期間でどうにか通信出来る状態に持って行ったのは我ながらよくやれたものだと回顧する。どこかに実機が死蔵されている筈なのだけどニッカドの液漏れで腐食してるかもしれない(というか行方不明状態)。かように昔の事は良く憶えているものであった(勘違い・思い違い・思い込み含めて)。