aki_iic’s blog

己の欲せざる処人に施す事無かれ、狂人の真似するは即ち狂人なり

文理のエコロジー

 Facebookで拾った:)サイトより(Facebookってたまにこういう変なのが釣れる)。

 この人一度コメントした様な気がするけれども公金配布に関わる(JSTみたいな?)仕事やデジタル庁にも関わっていてご専門は情報科学の方らしいので、

 理系から見た文系という事なのでしょうかね。情報価値はほぼゼロですが(主観)。

distance.media

 最初にこのサイトを運営しているのはNTT出版様らしい(無知ですみません)↓

www.nttpub.co.jp

 まあ、何というか所謂、余裕のある系(意識高い系)向けの道楽雑誌の模様。つまり実務情報とかではなくて余裕(暇の類義語)のある方々が閲覧される類のmediaとお見受けします(図書館にある雑誌、みたいな)。嫌味はこの辺にして、

いただいたお題は「理系と文系」です。理系と文系の違いを鮮鋭化することに建設的意味があるとは思えません。一方、理系と文系というカテゴライズに対する批判も、すでに多くの方々がなされています。そこで今回は、「評価」という観点から理系と文系を概観してみることにします。というのも、私は理系分野のコンピュータサイエンス、または情報学の分野の研究者なのですが、霞が関(政府)の検討会などに関わることも多く、法学系の学術雑誌に論文を寄稿することもたびたびあるためです。さらに理系から文系、芸術系まで多数の競争的研究助成や奨学金の審査に関わっており、デジタル庁の「デジタル庁政策評価行政事業レビュー有識者会議(旧事業仕分け)」の座長をはじめ、いくつかの研究開発法人および大学の外部評価委員も務めた経験があります。こうした経験を踏まえて、「評価」から見える文理の違いについて述べたいと思います。

引用おわり。

 冒頭の文章ですが個人的にはこれで読了というか以後読む価値無し(厳しいですね)。結論に飛ぶと(理系さんだから結論が書いてあるのは有り難いのですが)、

ところで学術をどう評価していくのかの問題は、日本学術会議の組織改革とも関連しています。同会議の組織改革については、法人化の妥当性に加えて、学術と軍事研究の関係性が注目されがちですが、軍事研究への参加可否は大学や研究機関の判断する事項であり、同会議の関与は大きいとはいえません。むしろ同会議が大きな役割を果たしているのは研究分野の選定や調整のはずです。というのも、日本には理系と文系を横断して議論できる場がほとんどなく、日本学術会議がその数少ない場だからです。

引用おわり。

 この方は中の人らしいので地雷は避けて通るのが当たり前で軍事(という分野は存在しないのでは、防衛なり安全保障と言うべき)研究の参加可否に日本学術会議は関与は大きいとは言えないらしい(きっとこの方は生存の為に聴覚言語非線形フィルタがヒューリスティックに実装が成されているのだろう(憶測))。

 要約すると活動家は無視で無問題と言ってる訳だからそうであれば税金で論文0で小遣いもらえていたのにね(菅総理を怒らせる事も無かった筈)。インパクトファクターでも元の論文数がゼロであればどう計算しても0ですなわぁ(当たり前)。

 個人的にはド文系、理系関係無く理念デッカチ度数が高い方は言行不一致度が増加する傾向が見られる(今の欧州がそうとは申しませんが)印象がある(ああ、あくまで個人の印象ですよ、印象)。